先鋭揃いの 刺客集団「新選組」

数々のテレビドラマや映画などでモチーフとなっている「新選組」。結成しわずか6年ほどで消滅したにもかかわらず、今もなお彼らの勇姿は語り継がれています。また近年では、名だたる刀剣が戦士の姿となった「刀剣男士」を育成するゲーム『刀剣乱舞ーONLINEー』が若い女性に大人気。刀剣に関する書籍の重版が相次いだり、各地で刀剣の特別展覧会が開かれたりと日本刀の魅力が注目されています。

新選組の誕生
時代は江戸末期。政治の中心地京都に尊王攘夷・倒幕運動の志士が諸藩から集まってきたことから、幕府は京の治安維持と将軍警護のため江戸で浪士を募りました。これに農民出身で後に新選組の主力人物となる近藤勇、土方歳三らが応募し京を目指します。彼らは新選組の前身、壬生浪士組(みぶろうしぐみ)と呼ばれました。1863年(文久3年)尊皇攘夷派の長州藩を排斥した「八月十八日の政変」の際、御所を守り固めた壬生浪士組が高く評価されます。そして近藤勇が局長、土方歳三が副長となり壬生浪士組あらため「新選組」が結成されました。

新選組のハイライト
新選組の任務は京都で活動する不逞浪士や倒幕志士の捜索・捕縛、担当地域の巡察・警備、反乱の鎮圧などでした。そんななか彼らの名を轟かせる見せ場となったのが1864年の「池田屋事件」。幕府を倒そうと身を潜め計画を立てていた長州志士を襲撃し、多くの兵士を討ち取った新選組は皆の人気を集めていきます。一時期は200人以上の大組織となった新選組でしたが隊士達の間で争いが起こったり、隊の規則違反者を次々に粛清するなど内部抗争を繰り返し、切腹する隊士も少なくありませんでした。

戦い続けた新選組
1867年(慶応3年)新選組はついに幕府の家臣となります。ところがその数ヶ月後、味方だった薩摩藩が長州藩と手を結んだことで衰退していた幕府は大政奉還を行いました。しかし薩摩藩や長州藩といった新政府は幕府を徹底的に潰すため「鳥羽伏見の戦い」を仕掛けます。1868年戊辰戦争が始まると旧幕府軍として戦うも、近藤勇や土方歳三といったトップの隊士が次々と亡くなり、この年新選組は解散となりました。


近藤らの宿舎であった「八木邸」


函館五稜郭奮戦之図


京都の「光縁寺」には新選組隊士ら28人が眠っている。

 

最強の武士が愛した刀

「武士よりも武士らしい武士になる」という名言を残した新選組局長・近藤勇
近藤勇の愛刀長曽根虎徹
「真剣を持たせたら敵なし」と周りに言わしめ、無類の刀剣好きだった近藤勇の坐漁荘に所蔵している「虎徹」。池田屋事件後に郷里の養父に宛てた手紙で「下拙刀は虎徹故に哉、無事に御座候」と書き、最上大業物の長曽祢虎徹が自分の命を守ったと述べています。江戸時代日本刀の試し斬りを行う専門役職が切れ味ごとに4段階に分けていましたが、「最上大業物」として認められていました。

 


「鬼の副長」として新選組を統制した土方歳三
土方歳三の愛刀和泉守兼定
「和泉守兼定」は会津藩主・松平容保から下賜されたと伝えられる、土方歳三の愛刀として最も有名な刀。作刀は会津藩お抱え刀工の会津11代和泉守兼定によるものとされ、最上級の美しい鍛え肌が特徴です。戦国時代の武将の注文銘や所持銘の入った作が多く見受けられることからも、斬れ味鋭い大業物として多くの武将から重用されていたことがうかがえます。
写真提供:ABBA RESORTS IZU-坐漁荘

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