家で大人しく聴く音楽
最近、音楽は家で大人しく聴くようにしている。コンサートへは行かない。自宅で音楽を聴けば、むずかしい曲でも繰り返し聴けるし、あまり演奏されない曲をいつでも聴ける。また、自分の好きな(亡くなった指揮者や奏者の)演奏を聴くことができ、トイレにも行ける! 一方、生演奏の魅力は、ダイナミックレンジが広い(小さな音はより小さく、大きな音はより大きい)ことくらいだろうか。相対的に見て、クラシック音楽は自室で、オーディオ装置で聴くものになったのである。
全く別の立場から同じ結論に達した人がいた。ピアニストのグレン・グールド(1932 ー82)だ。グールドはキャリア半ばの1964 年に「コンサート・ドロップアウト宣言」を発し、以後はいっさい人前では演奏せずに、スタジオで録音したレコードを介してのみ、聴衆とつながった異色の音楽家だった。彼はコンサートで弾くことに極度のわずらわしさや不完全さを感じていた。私がコンサートに行ったとき、様々な不満や不都合を感じたように。
独りで聴くために奏でられたグールドの音楽は、実際、非常に心地よい。磨き抜かれた音の粒子が部屋中に満ちあふれる、そんな感覚に誘ってくれる。グールドといえば一般にはJ.S. バッハのスペシャリストだが、ここではハイドンの「最後の6 つのピアノ・ソナタ」を紹介したい。これは本当に素晴らしい演奏だ。1980、81年の収録というから、グールドの最晩年にあたる。ピアノはスタインウェイとヤマハの両方を使っているので、そのあたりの聴き比べも面白いかもしれない。
朽木 護 音楽ライター